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2015/08/10
14:01:57
鑑定のなかで結婚というのは一つのキーワードになる。

算命学は自然思想の中から生まれたモノだから、生物学上交配をして子孫を残すというのはとても大事な役目である。

なので、算命学の中でも結婚をするというのは当たり前の出来事として考えられている。

昨今結婚をしないヒトが増えているが、それはそれで算命学からしてみると諸処問題があるが、今回その話はさておき…。

陰占の鑑定をすると日干と干合する干があれば「配偶者」(陽占では「夫」と「妻」が別)があるといって、結婚に向いているか向いていないかを診るコトができる。

宿命のなかに「配偶者」があれば結婚しやすいというコトになる。

しかし、その逆に宿命の中に「配偶者」が居ない場合も当然あり得る。

さて、自然の中では結婚をして子供を持つことが当たり前な出来事だと書いたにもかかわらず、宿命に「配偶者」がいないという事態がおきた場合はどう考えるのか。

これは結婚が出来ない、というコトではない。

結婚を「普通」のヒトがするのと同じようにすると本人に影響が出るのであって、敢えて「普通でない」形として受け入れれば問題がない。

実際なところ、「配偶者」が宿命に居なければ配偶者に出会える確立は下がるわけだけれども、そこは本人の自覚があってアンテナを張っていれば多少なりとも変わってくるところである…と思いたい。

また、陽占でも十大主星から結婚運を診るコトが出来る。

女性であれば「牽牛星」、男性であれば「司禄星」を持っていればそれなりに期待したいところではあるけれど、逆に「龍高星」や「石門星」をもっていると、ちょっと…という感じ。

なおかつ「天将星」という十二大従星を持っているなら、なおのコト家庭的でない。

逆を言えばそれだけ外に出て仕事が出来ると言う話。

この「龍高」と「石門」は反体制を表す星だから、家庭=体制と見なすのでこの2星を持っていると結婚に向いていないとみる。

が、敢えてくどいように言うけれども、この2星を持っているからと言って結婚出来ないわけではない。

「普通」の結婚をしなければさほど問題がない。

かくいう自分も陰占に「配偶者」はいないし、陽占は石門星、龍高星、天将星を持っているので、それなりの自覚は必要かなと言う話。

だから結婚とは誰にでもあり得るコトであり、その人なりの結婚という形があるというコトになる。








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