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2016/09/23
11:17:14
占いの勉強している、というと金運を聞かれるコトがある。

算命学で金運と言えば陽占に禄存星、司禄星があるかどうかに注目する。

陰占だと戊、己。

ただ、これらをたくさん持っているからお金持ちになれるという話ではなく、たくさん持っているからこそお金を手に入れるために苦労や努力が必要になったりする。

その努力をするコトによって人よりも財を手に入れるコトが出来る…場合もある。

また禄存星や司禄星をお金以外の意味で消化するかもしれない。そうなれば、また財の意味とは違ってくるため金銭的に裕福になるかどうかは別の話になる。

逆に陰占や陽占に財の星がない場合。

ないから貧乏、というコトではない。

実際財の星がないので、現実問題として財に縁がないということにはなる。

しかし算命学というのはこの世に生を受けたというコトには意味があり、それを逸脱しない限りは淘汰されることはない、という。

なので財の星がないから困窮して生きていけない、と言う話にはならないのである。

財の星がない人は財が無いなりの人生を送るコトが出来る、という考えである。

その人の生活レベルに応じた、生活していく為に必要なお金は入ってくるので、贅の限りを尽くしたり、有り余るお金に囲まれるような生活にはならないが、お金が無くて途方に暮れるコトにはならないのである。

身の丈にあった生活をしていけば困るコトはない。


お金というモノは現実世界において人を豊にもし、孤独にもする。

どうやってお金が自分の元に集まってきたのか、それをどう使うのか、それがとても大事になってくる。

物質的な幸せ、精神的な幸せ、その時折で幸せは変わってくるのかもしれないけれども、自分に見合うモノが自分の手元にあれば良いのだと思う。




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