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12:39:32
「宿命」というのはその人が手にして生まれてきたモノ。

それをどう扱うかでその人の運命が変わってくる。

なので、単純に良い宿命を持って生まれたからと言ってその人の人生がバラ色である、というコトはない。

また逆に難しい宿命を持って生まれてきたから幸せになれない、というわけではない。

良いならば良くするための努力が必要で、難しいのであればそれはそれで努力をする。

ただ人として、「良い」状態であると思うとそれに対して努力をするコトが往々にして少なくなってしまう。

「人から助けられる運」であった場合、なにもしなくても周りの人が手助けをしてくれるわけではない。

周りの人から手助けをしたくなるような人物にならなければ周りの人は助けてくれない。

ということは、此処に自助努力が発生する。

この自助努力なしに、「自分は周りから助けて貰える運なんだ」と高をくくっていたらそれは大きな間違いであり、自分の宿命を活かせていないことになる。

周りの人から見れば「手助けをして貰える運」などといったら羨ましいのかもしれないが、実際はそれをして貰うための下準備、努力が必要になる。

良いからといって安穏としていては結局宝の持ち腐れになってしまうだけである。

その点あまり芳しくないような宿命であれば、それはそれを自分で意識しどうにかしようと努力をする。

これはヒトに言われずとも自分で気付くコトなので努力するコトは易い。

そしてその成果も出やすい。

結局のところ、自分の人生に自分で手を入れるコトが重要になる。

それをどのタイミングで,どのようにするか。

それを知るコトが出来るのが算命学だったりするのかなと、思う。

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